
さすが近松!
「曽根崎心中」は実際の事件と内容を変えて、九平次という悪者を設定して徳兵衛を抜き差しならない状況に追い込みます。天満屋でお初が徳兵衛の死の決意を確認し、徳兵衛がお初の足首を持ってのどを切る仕草をする場面は圧巻です。そして何よりすばらしいのは曽根崎道行の文。「この世のなごり、夜もなごり、死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足ごとに消えてゆく、夢の夢こそあわれなり。あれ数ふれば暁の、七つのときが六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め・・」と続く七五調の道行き文は読者を主人公と一緒に曽根崎の森へと誘います。元は普通の心中事件ですが、この事件を聞いた近松門左衛門は、観客が喜ぶような心中物語に仕立てます。涙を流しながら人形浄瑠璃を町人達は見たことでしょう。浄瑠璃作家近松門左衛門の腕が冴え渡っています。

涙でいっぱいの作品集
有名な「曽根崎心中」。縁の下に隠れた男に、足で心中を誘う女。悲しいけれど、比類のない妖艶さです。「冥途の飛脚」。義理を立てるために、逃亡中の息子には会えないと言い張る父親に、目隠しをして親子の対面をさせる女。人形浄瑠璃の台本だけあって、物語の筋だけではなく、視覚的に涙を誘うように書かれているように思います。どの作品も、登場人物(特に男性)は情けない。してはいけないような借金をして、首が回らなくなり、挙句は死に向かう。けれど、その情けなさゆえに悲しさがあるわけです。一度、実際の文楽を見て雰囲気を掴んでおけば、上演を見たことのない作品の台本だけでもかなり楽しめます。