
読み物としては◎、伝記としては△
この本を通してベートーヴェンを見つめると、彼が非常に不幸でストイックであり、善を重んじて七転八起する頑強な人物のように感じられます。
確かに読者を感動させ、強い希望を沸かせてくれる作品です。
しかし、書かれた時代が古いこと、ロラン自身に感情に走っている節があること、ロランが出版にあたって訂正を加えなかったことなどから、ベートーヴェンが誠実に描かれているとは言えません。
例えば、ベートーヴェンが実際持っていたユーモアについての記述がないので、とても暗い印象を持ってしまいます。また、恋愛観についても最近の研究とは食い違っています。
よって、この本を読んで得た知識を鵜呑みにしたり、ベートーヴェンに対する印象をそのまま保持するべきではありません。
勿論、ベートーヴェンを知るためではなく、ただ激励されたいのならこの本があれば十分です。
でも、「できる限り真実を忠実に記してほしい」というベートーヴェンの願いを受け入れたいなら、他の本も多数参考にする方がよいと思います。

私たちのための勝利者
著者は、ベートーベンの全生涯のもくろみを「歓喜」としている。ベートーベンは、ウィーンから良い生活が送れるように守られているわけでもなく、彼は長い期間貧しい生活をしていた。そして耳に病気を抱え、音をうまく聞きとれないのに作曲活動を続けていたことはよく知られているが、耳だけでなく体のいたるところに病気を抱えていた。恋愛においても、不運が付き纏い、想いを寄せていた相手と結婚ができなかった。そして「つんぼです」と言えないがために、彼は社交を避け、よりいっそう孤独に陥る。これらの不運を見るだけでは、私たちはベートーベンから得られるものは少ない。しかし、ここが重要な点だが、彼は「勝利者」であった。彼はこれらの運命・悲哀に打ち勝ち、「歓喜」をつかんだ勝利者であった。この過程をベートーベンは1つの金言により表している。『悩みをつき抜けて歓喜に致れ!』彼はなぜ「歓喜」をつかみたかったのか?なぜそのために曲を作ったのか?それは、貧しい人の運命を改善するためである。つまり、ベートーベンは我々のために(つまり他人のために)勝利者となったのだ。彼自身を見ると私たちは苦しみや敗北などしか見出すことはできない。しかし、彼は勝利者となることで、それらの苦しみを浄化してくれたのだ。

歴史の選択に残れるか?
この作品が執筆されていた頃はベートーヴェンのヨゼフィーネのへの熱烈な恋愛がしたためられた「十三通の恋文」がまだ、発見されていなかったので、ロランは不滅の恋人の相手をテレーゼにしているが、これは誤りだった。
ロランは偶然かどうかこの新発見のわずかばかりの後に死んでいる。
歴史は資料の発見などにより更新される運命にあるが、これはロランにとっては大きなショックだったといえる。
確かにロランのベートーヴェンへの敬愛が強過ぎたとは言える。
だが、ベートーヴェン研究に一鍬加えた作品である。

精神性高く立派なベートーヴェン
感動的だった。ただ、ロランのベートーヴェン像は実際のベートーヴェンと
どれだけ一致するのか、という疑問も持った。
ロランのベートーヴェン像は神格化されていると言ってもいいくらいに立派な人間だ。
しかし、ベートーヴェンは自尊心が高くわがままだった、という話も聞く。
この本ではそうしたことは全く描かれていない。
感動的だったが、この本に描かれるベートーヴェンはロランによって神格化されてはいまいか。正しいベートーヴェン像に近づくためには、他の本も参照しなければ、と思った。

ベートーヴェンへの賛歌
決して読みやすい本ではありません。
分量は多くありません。無駄がないのです。
しかしながら、こんなに人々に大きな励まし、勇気を与える本を私は知りません。
それだけ迫力があり、メッセージ性の強い本です。
もはや単なる伝記の域を超えたところにある名著です。