
本物の思想がここにある
思索が自身の血肉と化した思想は純一である。簡潔な言葉の中に、人生で大切にすべきことが凝集されている。
西郷隆盛という人間が、いかに偉大で人格者であったかがこの遺訓によって偲ばれる。
また教訓や格言としての価値だけではなく、政治を執行する者にとっての指南書となるものである。遺訓の一々は至極もっともなことを述べていると、読者をして頷かせると同時に、この当然至極なことが現行の日本政府においては全くなされていないことを実感させられて、背筋の寒くなる思いである。
是非とも教科書で子供たちに教えてやりたいと思った。

本は薄いが
現代語訳がないのが難と言えば難だが、その分原文の格調高さを味わえるし、漢文の復習だと思えば苦でもない。100頁程度の薄い本だが、南洲翁の遺訓のほか翁が拳拳服膺した言志録の抜粋も掲載されており、内容はとてつもなく濃い。
この本の中の1頁、いや1句でも実践できればそれだけで立派な人間になれそうである。

至誠の人 西郷隆盛
西郷隆盛の美しい心が直に伝わってくる素晴らしい本です。
薄い本ですので常にポケットに入れて持ち歩けます。
この『西郷南洲遺訓』についてはご存知の方も多いと思いますが、
維新後、明治政府首脳達と政見で袂を分かち薩摩に下野していた西郷から
庄内藩の藩士達がいろいろと教えを乞い、感動した事を藩に帰ってから書き纏めたものがこの遺訓です。
全部で41条の聞き書き集です。
その庄内藩といえば戊辰戦争で西郷率いる新政府軍と最後まで闘い抜いた旧幕府側の藩です。
しかし、敗戦後に庄内藩に対して行われた西郷の敵に対すると思えない寛大な処分と
敬意のこもった対応に感激した藩士達が、
その後、わざわざ薩摩まで多人数で教えを乞いに赴いたということです。
『西郷南洲遺訓』はそういった美しい経緯でできた書です。
敵も味方もなく、人として正しい事を行う
西郷の『至誠』が如実に現われた逸話です。
西郷の『至誠』については講談社学術文庫『氷川清話』の中で
晩年の勝海舟がその感動的な想い出を熱く語っています。
西郷の言葉で「敬天愛人」が有名です。
この言葉は西郷を敬愛しその教えを実践されている稲盛和夫さんによって
京セラの社是とされている事でも有名です。
稲盛さんの新著で『人生の王道』が出ていますが、この遺訓についての本です。
この本も素晴らしい内容です。
『西郷南洲遺訓』から一つだけ抜粋します
「道は天地自然の物にして、人は之を行うものなれば、天を敬するを目的とす。
天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以って人を愛する也。」

自分が好きな西郷さんの言葉を抜き出して持ち歩きましょう
日経コラムニストをしておられる田勢康弘氏の講演で「西郷南州遺訓を政治家にばらまいているが、若い政治家は漢字が難しいと読んでくれない、薄いのに」という話を聞いたのが20年前。当時早々に買ってみたが、矢張り漢字が難しく放り出していた。それを降り積もったほこりを払って読んでみたが実に良い。「命もいらず、名もいらず、官位も金も要らぬ人は始末に困る人なりp.15」等、人を勇気付ける言葉が星のごとくちりばめられている。聖書の言葉と通じるものもあっておもしろい。当然かもしれないが、「知識」よりも「人格」を重視するところは新渡戸稲造の「武士道」と合致している。しかし征韓論をとなえたり、江戸に放火して幕府を挑発し鳥羽・伏見の戦いに引っ張り出したりした謀略家・テロリストとしての西郷さんとこうした聖人のような西郷さんはどう結びついているのだろうか?

分かりやすくて 行い難し
岩波文庫の中でも実に頁数が少なく従い薄い本である。しかしこの本に言及する人も実に多いのも事実だ。
西郷隆盛は伝説化された「巨人」である。幕末から明治にかけた国難の時期にはいろいろな人物が雲が湧くかのように出てきた様子は例えば司馬遼太郎の幾つかの著作を見れば良く分かる。彼らの頑張りで今の日本があるといっても過言ではないと思うがその中でも西郷は頭一つ抜けた存在になっていると思う。
特に西南戦争で亡くなったことが余計に伝説化を推進したのだと思う。
能力的には他にも優秀な人材がごろごろしていた時代だったと思うが哲人という意味では西郷以外には案外見当たらないと思う。坂本竜馬は世界をグローバルに観るという点では桁違いだったかもしれないが哲人では無かったと思う。
本書を座右の書とすると言う人は現代にも多い。特に政治家がそう言う場面を散見する気がする。政治家として西郷の生き方に憧れる人も多いのかもしれない。しかし本書で西郷が言っていることは分かりやすいが行うことは非常に難しい事ばかりだと思う。冒頭の一文で西郷は言う。
「大政を為すは天道を行ふものなれば些とも私を挟みては済まぬものなり」
そんな難しいことは僕らには中々出来ないのだ。