
歴史は苦手でも
入試などの歴史や戦国もの時代小説など歴史は苦手です。
それは、自分とはかけ離れた人の世界だからです。小泉がやめて、安部になって、福田に
とか、100年後勉強するのか??って、世界は嫌い。。。でもこの本の中には
私たち身近なものの歴史が載っている
昔の風習が残っている事に触れ合った経験で謎だったことが、本を読むことで解消されました。民俗学に興味を持ちました

自動車がなかったころの日本の田舎の暮らし
「田舎では車が無くては暮らせない。ガソリン価格の上昇は地方の住民にとって死活問題だ」という声をよく耳にする。しかし、皆が自動車で移動するようになったのはここ数十年のことだ。「田舎の人たちは、昔はどうやって暮らしていたんだろう?」と言ったら友人に勧められたのがこの本だ。江戸時代の末期から昭和初期ころにかけての田舎の人々の生活の様子が、実際にそれを体験した庶民の声を聞き書きする形で書かれている。物質的貧しさ、歌や祭り、男女の関わりなど、当時の暮らしぶりが詳細に描かれていてとても興味深い。特に印象に残ったのは、ある地方では、農家は見知らぬ旅人を家に泊めるのが普通だったことや、貧しい家の母親が子どもとを連れて家々を泊まり歩き、よさそうだと思った家に子どもを置いていく(口減らしの)風習があったこと、若い娘が家出して近くの町で奉公した後、田舎に戻って町の言葉や習慣を田舎に広めていたことなどだ。
温室効果ガスの削減が喫緊の課題である今日、自動車や家電がなければ生活が成り立たないと思っている現代の私たちにとって、私たちの近い祖先がどのような生活をしてきたのかを知ることは重要なことだと思う。彼らは、生涯1度も自動車や家電を使うことはなかったのだから。
この本を読んでいると、コンクリートの建物や騒音のない、土と植物と空の色だけに囲まれた静かな田舎の佇まいが浮かび上がってきて、別世界にいるような気持ちになる。

忘れられつつある『忘れられた日本人』
テレビもねぇ、ラジオもねぇ、時計もねぇ。
土曜日も日曜日もねぇ。吉幾三の世界です。
時間に縛られ生きている現在の私たち。本書を読むと今ではとても考えられないような世界を知ることが出来る。
著者の宮本常一は代表的な民俗学者。この人が日本全国を歩き回り、各地の老人から聞き取ったお陰で、失われつつあった地方の伝承を今でも知ることが出来る。
しかし、現在は『忘れられた日本人』すら忘れられつつあるような気がする。
ところで、興味深かったのは「夜這い」。結構あったものなんだね〜。

恵那の河原で夜が明けた…
民俗学者である宮本さんの作品には、じつは以前から関心があったのだけど、じっくり読んだのは今回が初めて。ぼくが生まれた1981年、宮本さんは亡くなっており、この作品ももとは未来社から1960年に刊行された、かなり古い書物。もう50年くらい前だもの。
この『忘れられた日本人』に、ぼくの故郷である恵那が登場して、またまたびっくりするとともに、嬉しくなった。しかもそれは、こんなくだり…
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後藤:ほんとうにかわりましたのう。夜ばいもこの頃はうわさもきかん。はァ、わしら若い時はええ娘があるときいたらどこまでもいきましたのう。美濃の恵那郡の方まで行きましたで・・・。さァ、三、四里はありましょう。夕はんをすまして山坂こえて行きますのじゃ、ほんとに御苦労なことで…。
わしら若い時ゃ恵那までかようた恵那の河原で夜があけた
という歌がありますが、ほんとであります。女の家へしのびこうで、まごまごしていると途中で夜があけたもんです。(同書78頁)
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恵那というのは、むかしから美しい娘がいるというので、近隣の村々で有名だったと話は続く。ふむふむ。
宮本さんは、日本中をじぶんの足で旅して、その土地土地で老人に話を聴いて回り、それをもとに日本の民俗・習俗、百姓の一般生活を描きあげた。この『忘れられた日本人』はその代表作で、古老たちの声がぼくらに届けられる。「土佐源氏」という章は、あまりの面白さに発表された当時はフィクションだとうわさされたほどらしい。ひとりのおとこの恋と人生の物語なのだけど、これほど面白い物語にはそうそう出会えない。
むかしの言葉で、ぼくがもう理解できないものも多くありました。もういちどじっくり読み直してみようかなと思います。お薦めです。

聞き書きしなければ、知られることもなかった人々の物語
私も佐野眞一氏の「内容が濃い」という推薦で手にしました。
本書には、明治から昭和のはじめにかけての農村の庶民が登場し、生い立ちや習俗を語っています。
特に印象に残ったのは、文字通り橋の下に住んで物乞いで暮らしている老人の生涯を聞き書きした「土佐源氏」という章です。
「夜這い」によって妊娠し、未婚の母の元で生まれた男は、祖父と祖母に育てられました。子守奉公する女の子といっしょに遊びながら、男は性の手ほどきも受けます。15歳で祖父を亡くし、ばくろう(牛の売り買い業者)親方に奉公することになり、20歳で親方が亡くなるまで牛の目利き修行にはげみます。
女出入りの多い親方は、ほうぼうの後家(未亡人)と関係していましたので、親方のばくろう仕事の後を継ぐと同時に、後家との関係も継ぐことになりました。
その後カタギの商売をするようになり、妻と世帯を持ってささやかな幸せを味わったこともありましたが、役人の妻と浮気をしたことをきっかけに、またばくろうに戻り、女あそびをする生活が復活しました。
50歳のころ、報いを受けるように目が見えなくなったとき、昔の妻のところへ行ってみたところ、「とうとう戻ってきたか」と泣いて喜びます。
それから30年。
妻が農家にあまりものをもらいにいき、男は橋の下の掘っ立て小屋で一日中じっとすわっている、という生活を続けてきました。
男は、最後に次のように語りました。
ああ、目の見えぬ30年は長うもあり、みじこうもあった。
かまうた女のことを思い出してのう。どの女もみなやさしい
ええ女じゃった。
聞き上手な宮本氏に促され、この「土佐源氏」のように、今まで誰にも話したことのない秘め事を打ち明ける人も出てきました。
宮本氏が聞き書きしなければ、知られることもなかった人々の物語です。
ときには古典もいかがでしょうか。