
「わかった、すごい」という自信が持てません
正直、手放しで褒め讃えるには抵抗があります。こんな読み方でいいのかなあと。
一読、「良い事言うなあ」と感じるものもあるにはあるのですが、果たして、423句のなかでそういうものはどれぐらいの割合なのかと。また、それ以外の句についてどう考えていいものかと。
例えば、
「84自分のためにも、他人のためにも、子を望んではならぬ。財をも国をも望んではならぬ(以下略)」
「21つとめ励むのは不死の境地である。怠りなまけるのは死の境涯である。つとめ励む人々は死ぬことが無い(以下略)」
といった句を見ると私は???となります。「子供だめなのか・・・、なんで?」、「つとめ励むって,何を励むの?,不死???,死ぬことがない????」
つまり、「良い」と思った以外のものには、精神的に受け入れるのに非常な抵抗を感じるものもあるし、「いまさら」とも思えるものもあるし、「だいたいこういうことを指しているのかな」と勝手な類推するしかないもの、「何を言ってるのかさっぱり」と類推すら不可といった句で一杯です。
このような状態で、一読読んで「良いもの」と判断できる句(=自分の既成の価値観にかなったもの)だけを取り上げて「すばらしい」とするのは、この書だけに限らず、「他人の思想」へのアプローチとして適切なのかと。
何千年も語り継がれてきたブッダの言葉には、おそらくや、常人には考えも及ばない深さや偉大さがあり、多様な表現をとりながらも、圧倒的な「真理」を照らし出していると信じたいのですが・・・。
残念ですが、中村先生はすぐれた訳者ではあるかもしれませんが、ブッダの真理への適切な導き手ではないのかもしれません。「???」となって巻末の解説に助けを求めても、学者としての痛々しいまでの誠実さと並外れた語学能力は読み取れるのですが、「結局のところ、彼の見出した真理をトータルのものとして把握できていない」という自信のなさを感じずにはいられませんでした。
ただ、この本はこの本を読むだけでは完結するのでなく、更に自分で???を埋めていく努力が必要と教えてくれているのだと思いたい。霧の中を通してもなおブッダの言葉にはまばゆい光があるのは確かに感じられるからです。

宗教は悪の根源である。
宗教の目的は民衆の思考停止→思想統制であり、
科学や法が未発達な時代には国を統治するのに必要不可欠であった。
しかし現代の様に科学や法が成熟していればまともな教育によって人間の尊厳を重んることができるし、〜の品格やエセモラルといったプロパガンダを作り出す根源である宗教は撲滅しなければ、人間同士の殺戮はなくならない。
宗教とは政治利用や金儲けに利用され、人間の本当の幸せを捏造し、迎合主義や国家・企業の奴隷となるよう誘導するものである。
この本を読む人は、そういった意図を感じながら読んで欲しい。

人間として最低限知っておくべきマナー
私は厳格な仏教徒ではありませんが、
この本ではわかりやすくシンプルに仏陀の言葉がまとめられていて
色々とためになることが載っています。
大人になってから社会を見渡すと、この本が語っていることが
いかに生きることに重要に関係しているのかが身にしみます。
毎日1章づつ読んでいますが、良い戒めになっていると思います。
毎朝みのもんたのニュース番組を見る変わりに、この本を1ページ
でも読んだ方が一日を気持ちよくスタートできますよ。

僕は,生きていることがうれしい
僕は,生きていることがうれしい.そして死ぬことが不安である.また他人が死ぬのは悲しい.こういう不安を何とかするための先人の知恵を集めることが宗教の役割の一つだと思う.私にとっては,いろいろな宗教の中で仏教が一番自然で分かりやすい.
この本は,仏陀の教えを集めたお経,仏典,詩集です.このお経が2000年以上に語り読み継がれてきたことは本当にすごい事です.それだけ価値のある知恵なのだろう.
「人生の教訓」はいろいろあるが,大部分はここに書いてありました.安らか無欲で幸せに生きるための知恵.
この本を長い月日をかけてじっくり繰り返し読みたいと思います.
例えば「真理の言葉」から抜粋すると,
「心ある人は広大な楽しみをのぞんで,つまらぬ快楽を捨てよ」
「勝敗をすててやすらぎに帰した人は,安らかに臥す」
「他人の過失は見やすいけれど,自己の過失は見がたい」
ワイド版岩波文庫がとても好きです.字が大きくて読みやすい.

世界史上最高の偉人の一人
ブッダの教えは2500年も語り継がれている。本書は、その源流に最も近い書と言えるのではないか。すばらしい教えが満ちあふれている。
《大道に棄てられた塵芥の山積みの中からかぐわしく麗しい蓮華が生ずるように。塵芥にも似た盲た凡夫のあいだに、正しくめざめた人の弟子たちは知恵もて輝く。花を摘むのに夢中になっている人を、死がさらっていくように、――眠っている村を、洪水が押し流していくように――花を摘むのに夢中になっている人が、未だ望みを果たさないうちに、死神がかれを征服する。花を摘むのに夢中になっている人が、まだ財産が集まらないうちに、死神がかれを征服する。この身は泡沫のようなものであると知り、陽炎のようなはかない本性のものであると、さとったならば、この世で悪魔の花の矢を断ち切って、死王に見られないところへ行くであろう。》