
由緒ある地名を残そう
地名は単なる標識の符号ではない。「奥の細道」の冒頭に「道祖神の招きにあひて」とあるが、著者は三十年もの間、地名という土地の精霊に招かれて各地に取材の旅をした。そういう意味からすると、本書は「土地の精霊との対話」と言えるのかもしれない。
地名の中には呪力をもって私たちを魅惑するものもある。いくつかの例を挙げる。
芭蕉は「尿前の関」で尿前(しとまえ)の地名で俳諧的詩心をゆさぶられて、次の名句を作る。「蚤虱馬の尿(ばり)する枕もと」アイヌ語でこれと同じ意味をもつ地名が「下前」で津軽半島にある。その突端に「母衣月(ほろつき)」という地名がある。これはアイヌ語でポロトゥキ(大酒椀)の意でその形に深くえぐられた湾ということである。
沖縄のコザ市は合併して沖縄市になった。更に以前には越来(ごえく)村であった。旧王国のゆかしい昔を偲ばせる越来という地名は美しい日本語の財産目録に載せてよいものであった。惜しいことである。地名は私たち日本人の感覚や感情をゆさぶる力を持っているのである。
地名の改悪…その無神経ぶりは本土の行政地名にも現れている。高知県の南国市。新潟県の上越市(直江津と高田の由緒ある地名を捨てて)。岐阜県郡上郡明宝(めいほう)村はかつて明方(みょうがた)という中世以来の伝統をもつ村名であった。
地名の改竄は歴史の改竄につながる。それは地名を通して長年培われた日本人の共同勘定の抹殺であり、日本の伝統に対する挑戦である、と強く信じて著者は地名の保存と研究に努力されている。
本書は平成の大合併に遡ること10年前の著作である。この度の合併で消えた由緒ゆかしい名に関してご意見を伺いたいものである。