
皇軍の顛末
明治維新後、西洋文化を農村に伝えたのが軍隊だったという驚き。
軍隊に属して初めて靴、時計、洋食、洋服などを知った農民が、退役後に地元に帰り、その習慣を広めたという。軍隊は、地主・小作という身分制度を乗り越える役割も果たしていた。極貧だった当時の日本で、新しい文化、文明の伝達装置として機能していた軍隊は、その後、極端な精神主義に陥り、「皇軍」となって自滅してゆく。部下の反逆を怖れ、天皇の名の下に「命令絶対」を自他に強要したことに著者はその原因をみる。
歓送行事もなく戦場に送られた兵士が、報道管制によって郷土の農村から切り離され、帰る場所を失い、餓死・海没・特攻死していった。読後、その哀しさが残る。

良質な研究の一般向けダイジェスト
軍隊が、日本の近代社会形成の初期段階で重要な役割を果たしたこと。そして、その同じ軍隊が、さらなる近代化にとって次第に桎梏となったいったこと。本書は大筋で「日本の軍隊」をそのように評価する。ところで、昭和期の軍隊のファナティックさ、あるいは「超国家主義」が、如何にして生成し国民に支えられてきたかを解き明かすことが、戦後の史学・政治学の課題の一つだったと思う。軍部の暴発・独断専行は、富裕層の子弟たる東大卒官僚・財閥幹部即ち「学歴貴族」VS貧農の子弟出身の職業軍人たち…という一種、「階級史観的な」構図によって説明されてきたことが多かったように思う。「2・26事件は貧農の子弟である軍人が故郷の家族の窮乏を見兼ね昭和維新を起こしたのだ。背景にはエリート塊??へのルサンチマンがある」といったような理解だ。本書は貴重な資料を検討しつつ、このようなステロタイプを修正する。少なくとも私は本書をそう読めた。たとえば本書は、軍部の政治介入・皇道派の勃興を実質的に支えた下士官は、必ずしも貧農の子弟ではなく、自営可能な程度の小規模自作農出身が多かったことを明らかにする。また、軍部暴走時代の兵卒は、必ずしも農村出身者が主流ではなかった(むしろ農村出身者が軍の中核を担っていたのは軍部暴走以前の時代だった)という。本書は地味な(失礼!)実証研究のダイジェストといった趣きだが、巷間に蔓延る俗説への再検討を促す良書だと思う。

「軍隊」という視角から日本の近代化をとらえる
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新味はないが
なぜ日本軍は国民に嫌悪されながらも、支持されたのか?この問いに一貫して本書は取り組む。キーワードは貧しさ。農村と軍隊の生活様式の違い。衣食に事欠かない軍隊の魅力。そして農村部の圧倒的な貧しさ。軍隊は生活近代化の尖兵でもあったのだ。カイヨワの戦争論―軍隊の平等性と不平等性のパラドクス―はいまや古典である。ある意味でそのテーゼを日本軍において確認しようとした本書は、新味に欠けるきらいがある。旧軍時代を懐古する多種多様な文献が本書の先駆であったとするならば、なおさらのこと。今や当然のものとなった論点を再確認する上で便利な本と言える。