
『十五少年漂流記』を反転させた陰画
未来の大戦中、疎開に向かう少年達を乗せた飛行機が墜落し、少年達は南太平洋の無人島に置き去りにされる。彼等は救援が来るまで自活することを決意し、共同生活を開始する・・・ここまでは19世紀の『十五少年漂流記』と一緒だが、2度の世界大戦を経て近代市民社会への幻想が打ち砕かれた20世紀においては、正反対の悲劇が展開される。
当初は法螺貝を使って秩序立った規則正しい生活を過ごしていた少年たちは、次第に堕落し、本能のままに享楽的・退廃的な毎日を送るようになる。悪魔に魅入られた者たちは蝿が群がる豚の生首を「蝿の王」(悪魔ベルセブブ)として崇め奉る。法螺貝=理性の重要性を説く少年ラーフは孤立していく(ジャックを中心とする狩猟隊が主導権を握りラーフが孤立する点は、大統領選でブリアンが射撃好きのドノファンに圧勝する『十五少年漂流記』を裏返しにしている)
少年たちは闇に潜む「獣」に脅えるが、言うまでもなく本当の「獣」は自らの内面に存在する。彼等の「内ゲバ」は凄惨の一語に尽き、人間の救い難い業を感じずにはいられない。

ドロドロを見たかったのだが…
本書は「無限のリヴァイアス」や「バトル・ロワイヤル」に影響を及ぼしたと言われており、鬼頭莫宏が好きな小説としてその名を挙げている。
リヴァイアスやバトル・ロワイヤル、鬼頭作品の印象が強かったため、閉鎖空間における生存のための駆け引きや、人間が狂気に駆られていく過程の描写に期待していたが、そういう点は意外とあっさり書かれていて肩透かしを食らった。孤島での生存競争における行動や心理状態の変化を描写した作品としては、ひと昔前にテレビでやっていた「(アメリカ版)サバイバー」の方が、「蝿の王」よりも後味が悪くて面白かったように思う。
…いや、そもそも本書はそんなドロドロしたものを示すことを目的としているのではなく、少年達による冒険小説のパロディーとして、健全そうな彼らに潜む狂気(と言うか、いじめっ子気質)をより自然な形で溢れさせることに重きを置いているようなので、肩透かしを食らって評価を下げるのは勝手なのだが。
なお、登場人物は全て少年。和訳にはやや難があるように思う。

「蠅の王」――ベルゼブブとは
時は、近未来。
世界では核戦争が起こり、イギリス全土は廃墟と化した。
そんな折、イギリスから疎開する少年たちを乗せた航空機が、
南太平洋の孤島に不時着した。
豊富な食糧に恵まれた無人島は大人のいない楽園にみえたのだが……。
無人島に置き去りにされるという設定は、ヴェルヌ『十五少年漂流記』や、
バランタイン『珊瑚礁の島』、あるいはデフォー『ロビンソン・クルーソー』
などの漂流物語のフォーマットに則っています。
しかし、描かれるのは、心躍る冒険の物語ではなく、人間の内側にある
暗黒面や文明の空虚さ、そして絶望的なディスコミュニケーションです。
結末で、島での狂騒をなんとか生き延びた子ども達は、海軍士官に救助されます。
子ども達の状況を見て、イギリスの少年だったら、もっと立派にやれたはずだ、と非難する士官。
ここには、辛辣な皮肉があると思います。
なぜなら、子ども達が理性を失い、島の社会を崩壊させるずっと前から、
大人は核によって、世界全体の秩序を破壊してしまっているのですから。
子どもも大人も関係なく、内なる暗黒から目を背けてはならないのです。

サイモンは悪を相対化する
小島では規則を作り理性的でなければならなかった。その権威の象徴は「ほら貝」である。人間の奥に潜む、この場合は子供の無邪気・無垢(イノセント)に潜む悪なる部分は「蝿の王」である。「ほら貝」と「蝿の王」は対の関係にあると言えるのではないだろうか。
ほら貝の権威が守られている間、少年たちの関係はそこそこ平和的であった。しかし時が経ち、その権威は薄れていく。内なる悪である「蝿の王」が理性を蝕んでいるのだ。
サイモンは薄々獣とは何か理解している。
「ぼくには分からないよ」「ぼくがいおうとしたのは・・・・・たぶん、獣というのは、ぼくたちのことにすぎないかもしれないということだ」「世界で一番汚いものはなんだか知っているか?」これらの言葉は胸に刺さる。しかし彼らがサイモンに耳を傾けることはない。
蝿の王はサイモンに語りかける。ここが極めて重要な部分だと思う。
「お前はそのことは知ってたのじゃないのか?わたしはお前達の一部なんだよ。お前たちのずっと奥の方にいるんだよ?どうして今のようになってしまったのか、それはみんなわたしのせいなんだよ」
サイモンは知的・理性的な感じでは描かれていない。彼は本当の意味で純粋なのだろう。純粋であることは内なる悪を抑えつけることではなく、悪をも相対化するのではないだろうか。だからサイモンは蝿の王と対話ができる。
ほとんどの人間は理性で内なる悪を抑えつけている。つまりそこには対話はなく、一方的な抑えつけであり、その内なる悪から目を背けているだけだ。その点においてラーフもジャックも同じのではないか。私には単にジャックが悪い人間だというのは軽率すぎると思う。真に著者が言いたいのは、みな内なる悪があることである。

19世紀の「LOST」
無人島に漂着、救助を求めながら送るサバイバル生活の中、
理性と狂気、ふたつの立場に分かれて少年たちが仲間割れし、対立していく緊迫感の描出は見事。
人間の本質をリアリスティックに描く視点も好みに合った。
ですが、ラストが尻切れトンボ気味では?
徹底的なバッド・エンドでもなく、救いがあるハッピー・エンドでもない。
引っ張った割りには取ってつけたような結末で、読後感はあまりよくなかった。