
科挙のシステムについてよく分かった
科挙のシステムの説明から、科挙の過酷さにまつわる逸話まで過不足無く説明されており面白かった。
かなり理不尽な理由で失格になったりするひとが少なからずいたようで、はるか昔の異国の話とはいえ、なんとなく気の毒になった。

日本の受験生必読の書
清朝の末期における科挙制度を基準として書かれている。当時、科挙試験の前に受験資格を得るため、県試、府試、院試という3つの学校試験があり、官吏の頂点を極めるためには、科試、郷試、挙人覆試、会試、会試覆試、殿試、朝考の7つの科挙試験を経る必要があった。「八歳で入学して十五歳になるまでには、ひと通りの古典教育を終了するのが普通」というが、この間、学問の中心である「四書」「五経」の本文約四十三万余字をひと通り暗誦するのが立前であるという。これで県試のスタートラインである。
公平さ客観性の確保からか、試験には驚くべき工夫がなされている。県試では、答案作成の速度を知るため、出題後一時間ほどで係員が答案の書けた所までに印判を押すという。また、多数のものがほとんど同一の文章を書いた時には、朝廷で禁止している模範答案集で勉強したものとみなされ雷同と称して全部落第にするという。院試の第三回試験では、「第一回に自己が提出した答案の最初の数句をおぼえていて書きこまなければならない」。これにより本人確認を行うというから想像を絶するしかけである。
大変なのは受験側だけではない。郷試では受験者の答案をそのまま審査員には見せないという。「筆跡などから判断して特定な人だけを通そうと有利に採点されると困るから」である。また郷試合格後に答案の正本が北京に送られ再点検を行うというから念の入りようは半端ではない。前の試験との筆跡照合を行うことは言うまでもない。
科挙試験である郷試や会試は三年に一度しか行われない。「二十代の始めに進士の栄冠をえる者はよほど運のいい方であり、三十代でもそれほど遅い方とはいえない。」という。競争率は「生員から挙人になるための郷試は、およそ百人に一人という割合・・・次の会試は数の上では三十人に一人の合格率である」というから途方もない倍率である。

名著ここにあり〜プリンシプルのない日本を映す鏡
中国王朝の官僚登用試験である科挙制度を平明にかつ興味深いエピソードを多く交えて解説する名著。
受験生である「挙生」のエピソードを採りあげるのは、一般の読者の興味をそそるからかと思いきや、実はどのような制度にもフォーマルな面とインフォーマティブな面があるのであって、制度的にどのようなものだったのかを記すだけでは、片手落ちになる。そのため、実情を読者に紹介しようという著者の配慮がいきとどいているのである。
本書に通底しているのは、著者宮崎先生のやや諧謔味を帯びた軽妙な文章である。つねに視線は現代から伸びていて、過去にはまりこむということがない。さりとて、過去を蔑むことも現代を自嘲することもない。シニカルさの中の優しさが読んでいて心地よい。
通読して思ったことは、「四書五経」を重視するあまり、実学を省みなかったために清国は滅んだが、しかし、それに学んだ近代日本は逆に実学重視のあまり、今だプリンシプルが欠如しているのではないか?という疑問である。大学では人文系学部より研究が実利に結びつく理工系学部が幅をきかせ、一方安部首相の愛読書は未だに吉田松陰というのはどういうものだろうか。
ところで、宮崎市定『科挙』にはもうひとつ戦中に書かれ、昭和21年に出版された版があり、高島俊男氏はこちらを推薦している。現在は、講談社東洋文庫または『宮崎市定全集』に『科挙史』の名前で収録されている。本書を読了した方は、そちらに挑戦してはいかがだろうか。

エピソード?
一国の試験制度に関して深く掘り下げた書物は他に類をみない。しかし、その悲惨さ、過酷さを強調するあまり、それがもたらす弊害等の記述があまりにもあっさりし過ぎているのが残念なところ。著者の主旨がエピソードの紹介的な部分にあればよいのであろうが、そうではない書きぶりも見られ、結論的には中途半端に終わっているという印象を持たざるを得ない。科挙という制度、実態を知るためであれば、非常に参考になる。

一般人にとっての「学問の入り口」である新書…それに相応しい作品である。これは面白い!!
中国史に疎い私がこの本を購入したのは、ただ一点「中国の試験地獄」というサブタイトルと、いきなり出てくるカンニング下着の写真に興味を引かれたからである。とはいえ著者は明治生まれの学者だし、初版は‘63年とかなり昔なので、堅苦しいだけの本かなぁという不安もあったのだが、読み始めるとこれが面白くて止められない。
内容的なことは多くのレビュアーの方が書いているので省略するが、学問的なことばかりではなく、試験にまつわるエピソードが数多く記されているのも中休みといった趣で良い。そして何より、著者の文章が上手い。明治生まれの学者とは思えない軽妙さである。しかも何も知らない人が読んでも分かりやすい。きっと優れた学者だったのだろう。
中国で千年以上に渡って続いた「科挙」という試験制度を全て網羅しようと思えばページ数に制約のある新書ではとても足りないのであろうが、「学問の入り口」という新書の役割を考えてみれば内容は充分である。これ程優れた新書にめぐり合ったのは久しぶりである。
サブタイトルの「試験地獄」という言葉は決して誇張ではない。日本の試験地獄も大して経験していない私にとって、この本で知った試験地獄は想像すらできないような世界であった。